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第3話・勇者の嫁として頑張ると決意しまして 8

Author: 阿良春季
last update Last Updated: 2025-06-11 07:07:09

「ったくさあっ!」

 突然、ミオの体の重力がなくなったかのようにふわりと浮き、ごつごつとした硬い斜面を転がる痛みが消えた。

 恐る恐る目を開ける。するとレイがピラートごとミオを抱き上げていた。

「危ないことすんなバカっ!」

 そのままレイは危なげなく、ミオ達を抱き上げたまま斜面を滑降し、時にはひょいひょいと軽々跳ねながら地上へと一直線に下りていく。

 そして地上に着くと安全なところでミオたちを下ろした。

 礼を言おうとしてミオは息を呑んでしまう。

 レイの肩から血が出ているのを見つけてしまったのだ。恐らく自分達を助ける際に怪我をしてしまったのだろう。

 自分たちのせいでレイに怪我をさせてしまった。

「す、すみません……」

 青い顔で頭を下げる。しかしレイは一瞬肩の傷を一瞥しただけで、ミオとピラートを見やった。

「いいよ別に。それより怪我ない?あとでグリモワールに治癒魔法かけてもらって」

 先程の激昂とは打って変わった普段通りの素っ気ない態度でレイはふいと横を向く。伸びた髪が顔を隠して表情が見えにくい。

「わ、私は大丈夫ですけど、でもレイ様が、」

「いいって……なんだから」

「え?」

 レイの言葉が聞こえづらくミオは聞き返したが、レイは無言で小さく首を横に振る。

「別に、なんでもない」

 それだけを早口で言ってレイはミオたちを置いてさっさと帰ってしまった。

 慌てて追いかけるもレイの背中はどんどんと遠ざかっていく。豆粒大ほどになってしまったレイの背中に向けてミオはぽつりと呟く。

「また怒らせてしまった……」

 泣かせたり、怒らせたり。

 未だにミオは彼が笑った顔一つ見たことない。押しかけでも一応嫁なのに、未だに夫と打ち解けられていない。

 自分の不甲斐なさに表情を曇らせるミオを顔を覗き込んだピラートがその緑色の髪の頭を下げる。

「ごめんなさい、私のせいでケンカさせちゃって」

「ち、違うの、ピラートが悪いわけじゃないの!」

 勘違いしているらしいピラートにミオが慌てて弁明をしようとする。するとレイと入れ違いにアルマがバンディを担いでやってきた。バンディは恰幅がいいのにアルマはまるで意にも返さずに、まるで小麦の大袋のように彼を肩に担ぎ上げてきたのである。

「無事かいお二人さん」

「アルマ!パパ!」

「アルマを先に呼ぶんかい!とにかく無事で良かった!」

 満面の笑顔を向け
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